賃貸における窮屈な縛りからの解放。ホテル暮らしがもたらしたのは、想像以上の自由だった
コロナ禍になりリモートワークが当たり前になったことで、今がチャンスとホテル暮らしを始めて1年半。賃貸をやめるという、勇気ある大きな決断をしたNさんにとって、得られたものは想像以上に大きなものでした。今では「ストレスがなくて不安になるほど」と話すNさんにもたらされた、変化や考え方などについて聞いてみました。 …
新しい暮らし方を実践している方々に話を伺うインタビュー企画。第6回はgoodroomの新サービス「goodroomホテルパス」を利用して都内で長期滞在をして暮らす、ハナダサキコさんです。
text : ASAKO SAKURAI
「この暮らしを経験してしまうと、もう普通の賃貸生活には戻れないような気がするんです」
優しくも、実感のこもった力強い口調でそう答えてくれたのは、今回お話を伺った、ハナダサキコさん。サキコさんは昨年までミャンマーに拠点を持って生活をしていましたが、新型コロナウイルス感染症の影響で帰国を余儀なくされた一人です。先行きが不透明だったこともあり、いつでも海外に戻れるようにと、賃貸物件ではなく、ホテルでの暮らしをスタートされました。
日本国内だけにとどまらず、世界中に活躍の幅を広げて活動するサキコさんに、賃貸生活に戻れないと思う、その理由を聞いてみました。
サキコさんは10代のころに、地元福井を飛び出して以降、東京やアメリカ、ミャンマーなど、世界中で暮らしてきました。日本でも合わせて10年間ほど、東京で一人暮らしを経験しています。
賃貸で生活することと、ホテル暮らしすること。比べてみて、どんなことを感じたのでしょう。
サキコさん:
「やっぱり、自由度が全然違いますね。
私はずっと同じ場所にいることができない人間なので、日本にいるときは更新の2年ごとに移動する生活をしていました。その度に初期費用や引越し代がものすごくかかるでしょう?それにどんな方がこの街や隣の部屋に住んでいるか、住んでみないと分からない。ああ、あまり治安がいい街ではないなぁとか、なんかよくご夫婦のケンカの声が聞こえるなぁとか。
そういうことがあってもコストの面を考えると、すぐに住み替える判断をするのが難しいことが、日本の賃貸住宅の現状なのかなと思います。私はそのことに、ものすごく窮屈さを感じたんです」
サキコさんがホテル暮らしを始めて、もうすぐ半年。少しずつホテルでの生活にも慣れたころ、賃貸生活の”負”が解消されるできごとがあったといいます。
「今暮らしているホテルでは、周辺環境や日当たりの関係で、最上階のお部屋をとっていただいていました。けれども先日東京で、少し大きな地震があったんですよね。高層階なのでものすごく揺れて、ちょっと怖い思いをしたんです。ホテルの方に伝えると、すぐに下の階へ移動させていただくことができました。
こんな風に気軽に部屋を変えるなんて、賃貸だったら絶対できません。自分の気持ちや、環境が変わる度に、いつでもやめられるし、いつでも場所を変えられる。そんな気軽さや自由度の高さが、ホテル暮らしの魅力の一つだな、と感じます」
移動が制限されるようになるまでは、海外旅行が趣味だったというサキコさん。新しい土地や場所に行って、現地の方々と交流をしながらその街を知っていく、という過程が好きだったそうです。
気軽に旅行ができなくなってしまった今、ホテル暮らしをしていたからこそ、新たな楽しみができたといいます。
サキコさん:
「サブスくらしを使って生活をしていると、今まで行ったこと、住んだことのなかった東京の新しい街に出会えるようになりました。住み始めたホテルを基点にゼロから街を探索して、お気に入りの場所を見つけることが、今のささやかな楽しみの一つです。
新宿のホテルに住んでいた時は、近所にある大きな公園で開催されていたヨガ教室に通ったり、少し足をのばして明治神宮まで散歩をしたり。新宿ってちょっとうるさいイメージがあったんですけど、ホテルがあるエリアは意外と落ち着いた雰囲気で、スーパーも近くにあったりして。住環境がすごく整っているんだという発見もありました。
コロナでなくなってしまった、あの頃の旅の感覚を、『住む』ということとセットでできるようになったんです。なんだかいいところ取りをしている感じです」
さらにホテル暮らしでは、掃除、日用品の買い出しなどは不要になります。その分サキコさんの心には、余裕が生まれてきたのだそう。
サキコさん:
「仕事をしながら賃貸で暮らしていたときは、平日にワーッと働いて、家に帰っても疲れて寝るだけ、という生活が当たり前でした。週末も2日あるうち、1日は掃除や洗濯、買い物などに時間をとられていたのですが、いまは全てが自分のためだけに使える時間です。
散歩をしながら、日ごろのモヤモヤを整理したり、『今度は何をしようかな』と新しいチャレンジについて考えたり。自分に使える時間が増えたことで、少しだけ心が穏やかになったような気がするんです」
サキコさんはホテル暮らしを始めたばかりのころから、自身が感じたことを記録として残すため、noteで文章を公開しています。
驚いたのは、その情報収集に対する熱量。ホテルを探すときには、どんなポイントを見ているのでしょう。
サキコさん:
「まずはgoodroomサブスくらしのサイトを見て、部屋の雰囲気や設備など、最低限自分が求めるものであるかどうかをチェックします。次に、気になったホテルの公式ホームページなどを見て、違った角度から部屋の様子を確認するんです。
中でも自分の中でこだわりがあるのは、「収納」、「テーブルと椅子」の2点です。洋服などをかけられるスペースはしっかり備わっているのか、ベッド下に収納スペースはあるのか。リモートワークが多く、座って仕事をする時間が長いので、テーブルの高さや広さ、椅子の質は良いのかなどを見ながら、最終的な候補を決めていきます」
ベッド下の収納、という視点はこれまでに伺ったことがないものでした。下着類など、頻繁に使うものの、表に出して生活感を出したくないモノなどは、持ち込んだケースを活用して収納スペースを作り出しているのだそう。
サキコさん:
「ホテルの部屋の高級感は残しつつ、自分らしさを出すことも意識しています。やっぱり毎日暮らす場所なので、初日から「ここは自分の部屋なんだ」とスイッチを切り替えられるアイテムって重要なんです。
私の場合は、部屋に着くとすぐにいつも使っている食器を置きます。食事の時にフルーツや野菜を簡単にカットできる、カッティングボードやナイフもそう。そうした工夫で自分が一番リラックスできる環境をつくるようにしています」
部屋の広さについては、優先順位が低いのだと、サキコさんは言います。ヨガなどの軽い運動をする際にぶつかってしまう不便さはあるものの、なんでも手の届く範囲にモノがあるのは、かえって快適で、効率がいいのだと教えてくれました。
サキコさんはホテル暮らしの価値について、マンスリーマンションや無人チェックイン型の宿泊施設との違いを踏まえて話してくださいました。それが「人の存在」を感じられるかどうか、ということ。
サキコさん:
「先日はちょうど良いサイズのゴミ袋が切れてしまったので、ランドリー用の小さなゴミ袋にゴミを入れて、廊下に出していたことがありました。掃除の方がすぐに気づいてくださったのか、その日はいつもより余計にゴミ袋の枚数を増やしておいてくださったんです。こちらの要望を伝えずとも配慮してくださった、素晴らしいホスピタリティだと感じました。
ほかにも荷物の受け取りなどは、自分が作業を中断して玄関先に出なくても、ホテルの方が預かってくれます。あとは自分の好きなタイミングで取りに行けばいい。何かお願いをすればいつでも助けてくれるので、側に誰かがいる安心感が常にあります。
ものすごく些細なことですが、こうして誰かに”ケアしてもらっている”という空間に身を置くと、自分が大切にされている、守られているという感覚になるんですよね。これが私がホテル暮らしをやめられないと感じる、理由の一つなのかもしれません」
普通の賃貸生活には戻れない、とお話くださったサキコさんに、あえて課題を挙げるならどんなことがあるのかを聞いてみました。
サキコさん:
「まだまだホテル暮らしに対する敷居を感じている方って多いと思うので、もっと気軽に試せるプランがあるといいですよね。
例えばご夫婦の関係がちょっとうまくいっていない方がいたとして『1か月私はホテルで過ごすから、少し時間と距離をとりましょう』とパートナーに言えたりとか。お子さんや家族がいても使えるような仕組みになっているとか。
以前よりも選べるホテルが増えてきている分、利用できる方の幅も増やしていったらいいなって思うんです。この暮らし方が世の中の当たり前になれば、と。
私も既に沖縄や京都の素敵なホテルの部屋を眺めては、『ちょっと移動してみようかな』ってワクワクしています(笑)。こういう暮らしを求めている方って、きっとたくさんいると思うんです」
サキコさんは1~2年ほどまえに、ご自身の「自分が将来達成したいことを書くノート」の中で、ミャンマーと福井、東京に拠点を持ちたい、と書いていたのだそう。願っていたことが叶いつつあるいま、さらにその先に、サキコさんはどんな理想の暮らしを描いているのでしょう。
サキコさん:
「金銭的な縛りをまったく考えないのだとするならば、自分が『ちょっとここに住んでみたい』と思う場所に行き、気の向くままに住まいを変えていく……。その場所には、すぐに生活が始められるようになっている部屋が整っていて……。そんな生活に憧れます。日本だけでなく、ハワイやニューヨーク、パリなど世界を巻き込んで行なえるようになったら、いいですよね。
荷物をどうしよう、契約をどうしよう、とかそんなことは取っ払って、思いのままに。そんなボーダレスな感じで過ごせるようになるのが、一番理想的だなぁと思います。
サブスくらしの仕組みは、その先駆けになるものなのではないかと思いますし、一部のものすごくお金を持っている人だけのものではありません。私のような普通の一般人でも、仕組みを使えば簡単にできるのだということが分かりました。
手が届く範囲で、大きな変化がある。これは一度体験してみてほしいんですよね。これから先の展開を、期待しています」
*
「日本中のすべての人がこういう環境で住めたならば、たぶん、ナチュラルに世界が平和になっていく気がするのよね」
サキコさんは目を輝かせながら、何度もそう答えてくれました。
もっと自由に、もっと気軽に、自分の心の平穏のために暮らしてみたい……。当たり前の感情のはずなのに、私たちはずいぶんと、今の暮らしを当たり前に享受しすぎなのかもしれないと気づかされました。
今感じる不都合な点から目を背けず、「私だったらどうしたいか」を、改めて自分に問い直してみたいと思います。
写真提供:ハナダサキコ
櫻井朝子
三宅朝子
goodroom journal 編集部所属。ライター、バーのママなど、いろんなことをしています。行ったことのない街に降り立つととにかく興奮する、街歩き大好き人間。最近リノベマンションに引っ越したばかりなので、街だけでなく、室内の住環境を整えていくことにも興味津々。部屋中無印。