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世話が焼けるけど可愛いレコード。『JET SET TOKYO(東京・下北沢)』

アナログの楽しみ方。 Vol.3

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世話が焼けるけど可愛いレコード。『JET SET TOKYO(東京・下北沢)』

今年9月、「4000万曲以上の楽曲を聞き放題」というユーザー数世界一の無料音楽配信サービス「Spotify(スポティファイ)」がついに日本初上陸した。LINE MUSIC、AWA、Apple Musicに続き、このアプリ参入で、日本のストリーミング音楽人口はますます拡大傾向。さらに超高品質のハイレゾ音源の配信も続々と始まり、もう音楽シーンはデジタル音源のスマホで充分。ところが、時代に逆行するように、アナログ・レコード売り上げが欧米、日本ともに増え続け、さらにミュージックテープも注目されているのだ。これはどういうことなのだろう? そこで、アナログ・レコード、カセットテープのそれぞれ専門店・店長お二人にお話を伺った。
(text : Ako Tsuchihara / photo : Kayoko Aoki)

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「反りを直してください。」

下北沢の駅から3分。路地の2階にあるガラス張りの輸入アナログ盤のレコードショップ「JET SET TOKYO」に訪ねていったとある夕方。突然、店に駆け込んできた30代の男性が、リュックから大事そうにEP盤のレコードを取り出して、「この反りを直りますか?」と言った。修理の依頼である。

こちらでは、3年前からレコードの反りを無料で直すサービスを行っている。いわば、レコード愛好者の駆け込み寺。バイヤー兼店長の松浦正晶さんは、男性から受け取った盤を水平にしながらじっくり見て、「この時代の盤は修正を掛けたときに歪み易く、より悪化する場合があるんです。う~ん、五分五分ですね」と言った。男性は、落胆した様子で、すぐには言葉が出てこない。修理しようか、しまいか。さんざん迷った様子だったが、「お願いします」と言って心配そうに帰って行った。まるで、我が子を入院させるような不思議な光景だった。

さらに店員と話し込む若い男性、レコードを視聴する若い女性など、次々とやってくる。
最近、アナログレコードブームだと耳にしていたが、本当だろうか?

お話を聞かせてくれた松浦さん。

お話を聞かせてくれた松浦さん。

レコードブームは本当?

単刀直入に店長兼バイヤーの松浦正晶さんに聞いてみる。
すると、即座に「そうは思えないですね」と否定した。
14年前、下北沢に店をオープンしたJET SET TOKYO。レコードの買い付け、販売はもちろん、イベントの企画、自社レコード制作企画を手がけ、さらに若い時からDJを続けている、生活の大半をレコードと過ごしてきた人。その言葉が重い。
「レコードの今を知るには、音楽周辺の歴史を振り返るとわかりやすいですよ」という。そこでまず、主な流れを聞いてみることにした。

1950年代 レコードの普及
1970年代 カセットの普及
1980年代 CDの普及
1992年  MDの登場
1994年  DJ・クラブブーム
1995年  インターネット元年
2001年  iTunes、iPodの登場
2007年  スマホの普及
2008年 米国でレコード・ストア・デイ
2015年  音楽ストリーミングサービス普及

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「まずアナログ・レコードの売上に直接的な大打撃は、1982年に発売されたCDメディアです。その4年後にはレコードの売り上げはあっという間にCDに抜かれます。しかし、90年代に輸入盤のレコードショップが集中していた渋谷・宇田川町界隈を中心に、DJ人気やクラブ・カルチャーが盛り上がったことで、単なる一昔前の音楽メディアというイメージにある種の逆転現象が起こり、ユースカルチャーのギアとして全く新しい形のレコード人気が広がったのです」

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ところが、95年以降インターネットの普及に伴って、iTunesなどのデジタル・ダウンロード販売が一般化したことにより、CDやアナログ・レコードといった音楽ソフトの販売数は、2000年代に入るとともに下降の一途を辿ることとなる。

「レコードに関しては、2009年あたりに生産数・販売数ともにどん底になりました。そこが下げ止まりだったと考えると、ここ数年のアナログ・レコード業界が少しずつ上向きになっているのは確かです。その理由はアーティストやメーカー、レーベル、レコード屋といった供給元が色々な工夫を凝らすなど、いろいろありますが、僕としてはブームというよりも、かつて90年代に10代、20代だった元若者たちの一部が戻ってきているのだと思うんです」

当時の若者も、今は30代後半から40代。仕事や子育てなどもひと段落ついてきて、時間とお金にもある程度余裕が出てきたところで、再びレコードを買い始めているというのだ。また、出し手であるアーティストやメーカー、レーベルの人間も例外なく、90年代に足繫くレコード屋に通って育った世代であり、そんな彼らがリリースの企画を手掛けることで、よりニーズに合致した商品を世に送り出しているという背景もある。いずれにせよ「アナログ・レコードってやっぱりいいよな」という肯定的な記憶やイメージが、今もなお途切れることなく根底にあるのだ。

JET SETで企画したレコードは自社の青いロゴが貼られている。

JET SETで企画したレコードは自社の青いロゴが貼られている。

「若い頃にDJやレコードに興味を持った層は、当時からずっとその審美眼を養ってきている訳ですから、大人になった今ではそれなりに耳も目も肥えている。だから、若い頃のように壁面のレコードを片っ端から試聴して買っていくような真似はしない。財布の中身や帰宅した後の奥さんの視線も気になるもんだから、1枚1枚丁寧に厳選して買っていく。ですからいくらブームだと言われたところで、我々レコード屋の売上が急激に伸びる訳ではありません。時間も金も惜しまずに全てをレコード(と、それに付随する情報)の収集に捧げていた、インターネット普及以前の若者たちと比べてみると、その勢いにはっきりと違いがあります。つまりブームというよりもむしろ、純粋にレコードを愛する人たちだけが残っていたり、レコ屋に戻ってきたりして、ある意味健全な規模のレコード人気に落ち着きつつあるということなんじゃないでしょうか」

アナログ・レコード好きな人とは?

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ブームとは呼べない。けれど、今、あえてレコードを好きという人はどんな人なのだろう。

「まず、レコードに対して愛情とか所有欲のある人でしょうね。アナログ・レコードにあってデジタルファイルや他のソフトにないものとして、まず一つスリーヴ(レコード・ジャケット)が挙げられます。それらを集めたり、飾ったり、アートワークを眺めたりすることで、その人のアーティスティックな感性が刺激されます。若い頃からレコード買いにハマっていたような人は、音楽以外にも服飾や映画、書籍といったカルチャーにもどっぷりと浸かっていたケースが多いので、基本的にセンス重視で、そういったカルチャーの部分に愛情やこだわりがある人。つまり、一言で言えばおしゃれな人ですね」

もちろん、音にこだわりがあるが故にアナログ・レコードに限定して買われている方もたくさんいるという。

「レコードにはデジタル音源にはない音のまろやかさや温かみがあり……と、いう話はよく聞きますし、まあそれはそれで間違いないのですが、皆さんがアナログ・レコードを愛する理由はそこなのかな?と。正直言うと、日常生活で音楽と接するときに、アナログとデジタルの音をハッキリと聴き分けることが出来る人が一体どれくらいいるのか実はちょっと疑問でして……クラブみたいにしっかりしたシステムの大音量で聴くと流石に違いも分かるのですが、レコードを買う人すべてがそんな環境で聴いている訳がありませんし、もっと言うと、現在そういったシステムのある大きなクラブで、DJがアナログ盤をプレイするということはほとんどありません。そういう話ではなくて、デジタルと比べて圧倒的に不便な、いちいち世話の焼けるアナログ・レコードというモノとじっくり向き合って音楽と接する、そうした心意気が結果として、レコードの音が良いというイメージや購買欲に結びつくのだと思えるんです」

傷つきやすいレコードを大事に扱い、回転する盤にそっと針を落とす。部屋に反響する音と空気感、針が拾うノイズですら味だなと思える。つまり、耳だけでなく、目や手、肌で感じることで、聴く者の文化的素養の血肉となる。それがデジタル音源にないアナログ音源の良さなのだ。

レコード・ストア・デイに行こう。

さて、近年のレコードの生産や販売数が上昇傾向にある要因の1つに「レコード・ストア・デイ」がある。レコードショップに行き、アナログ・レコードを手にする面白さや音楽の楽しさを共有する年1回の祭典で、毎年4月第3土曜日に世界同時に開催される。もともとは、2008年に米国のレコード店主たちが起ち上げたイベントで、現在は、日本を含み、世界21カ国の数百を超えるレコードショップが参加表明。限定盤のアナログ・レコード、CD、グッズがリリースされるほか、賛同アーティストによるライブやイベントが開催されるので、アナログ・レコードの良さを知るにはもってこいのイベントだ。2017年の詳細は、http://www.recordstoreday.jpにアップされるのでチェックしておこう!

松浦さんのオススメのレコード

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左:ERYKAH BADUの「BUT YOU CAINT USE MY PHONE」2900円。「レコード・ストア・デイ」限定版。2015年11月にデジタル・リリースされた話題作が、1年越しでようやくアナログ・レコードに。全て「電話」にまつわる楽曲で固められたコンセプチュアルなアルバム。
右:LEONARD CHARLES の「BSEMENT DONUTS」2592円。ニュージーランドのプロデューサーであり、マルチプレーヤーのLEONARD CHARLESが、ヒップホップのJ・DILLAの遺作アルバムを、ヴィンテージ・シンセなどの機材によってカヴァーした作品。

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京都と東京・下北沢の輸入アナログ盤のレコードショップ「JET SET」の東京店「JET SET TOKYO」
東京都世田谷区北沢2−33−12 柳川ビル201号
03-5352-2262
OPEN 13:00~21:00
www.jetsetrecords.net

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